中井環境事務次官との懇談報告
中井環境次官への合同インタビュー(令和2年10月28日、於:環境省次官室)
昨年の秋、Tokyo VeganはMeat Free Monday All JapanとThe Japan Vegan Societyともに、中井環境事務次官に面会しました。各団体から2つずつ公式に質問させてもらうという機会に恵まれました。(公式レポートは以下をご参照ください)
そして話題は実に多岐にわたりました。ヴィーガンや近似の生活をする人の動機は、環境への懸念など様々ですが、巷にはヴィーガンの選択肢がとても少なく、まだまだ社会的に受け入れられてはいないという現状などを中井次官に陳述することができました。事務次官いわく、このようなヴィーガン問題で政府に働きかけている他団体はこれまでいなかったそうで、なぜプラントベース推進策が地球と公衆衛生に必須ということを意思決定者に伝える情報提供者が他にいないという状況を把握できたのは、驚きとともに大きな収穫でした。
ミートフリーマンデーオールジャパン (MFMAJ)による公式レポート(英訳:東京ヴィーガン)
(MFMAJ)お久しぶりです。昨年の環境省グッドライフアワード授賞式の際には大変お世話になりました。そして、本日はお忙しい中、貴重なお時間をいただきありがとうございます。これまで菜食に理解を示してくださっていた中井統括官が今回、環境次官に就任なさったということで、私達はじめ多くのベジ関係者が大きな期待を寄せているところであります。ちょうど一昨日、菅総理が「2050年カーボンニュートラル」を表明しましたが、まずはこれについての背景や率直なご感想などお聞かせいただけますでしょうか。
(中井次官)まさにステージが変わったと言えましょう。パリ協定の枠組みにおいて、日本政府はこれまで「2050年80%削減」を表明していましたが、私としては「2050年カーボンニュートラル」というフルコミットをすべきだという思いを持っていました。このような中、自主的に始まった自治体のゼロカーボン宣言の動きをさらに広げていくことが重要ということで、小泉大臣の強力なイニシャティブのもと、私や今日同席している中島室長(環境省脱炭素化イノベーション研究調査室)等が全国の知事や市長らと会いながら各自治体による「ゼロカーボンシティ宣言」という動きを進めてきました。最初に宣言した横浜市をはじめ、これまで続々と自治体が宣言を行ってきており、当初の予想より早く、今年の春には、それら自治体の人口総計が日本の総人口の半分を超えるまでになりました(注:現在約8千万人)。環境省は産業界を所管しているわけではないので、購買者やマーケットという需要サイドからの発信で社会・経済がどうあるべきかを展望しつつ各自治体との対話を重ね、「ゼロカーボンシティ宣言」の広がりを進めてきたわけです。また、これに加え、中国の「2060年ゼロカーボン宣言」など国際的な動きもあり、これら内外の動きが大きな背景としてあったと思います。
いずれにしましても、環境省としては、今回の菅総理の宣言を歓迎しており、個人的にも大変うれしく思います。他方、宣言した以上は実現しなければならないということで、非常に重く受け止めています。30年後にカーボンニュートラルを本当に実現できるのかということが問われる中、各論の部分はこれから詰めていかなければならないので、その点について、皆さま含め社会・経済各分野の方々と共に取り組んで参りたいと思っています。
(MFMAJ)中井次官就任後すぐのタイミングで「2050年カーボンニュートラル」が宣言されたという、なにか運命めいたものも感じますので、今後の取り組みに期待したいと思います。
次に、昨年から今年にかけて、環境省でも少しずつ「菜食と環境の関係」に踏み込んできた感があります。具体的には、(1)環境省グッドライフアワードでMFMAJ「ベジエイドプロジェクト」に審査員特別賞を授与、(2)「3RキッチンVegan」を運営している「NPO法人いけだエコスタッフ」に環境大臣賞を授与、(3)今年の環境白書に初めて食のカーボンフットプリントに関する記述を掲載、などですが、その背景や意図についてお聞かせください。
(中井次官)私達の健康的な暮らしのために欠かすことができない食ですが、食の生産から加工、廃棄に至るまでのライフサイクルにおいて、CO2の排出、農薬や化学肥料の使用による環境負荷、農地への転用に伴う森林開発などさまざまな環境負荷が生じる可能性があります。
特に温室効果ガスについては、2019年8月にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)により土地関係特別報告書が公表され、国際的に気候変動対策における土地利用対策等の重要性が指摘されています。この報告書では、人間の土地利用のあり方が気候変動に大きな影響を与えていること、農業、林業及びその他の土地利用は人為起源排出量の約23%を占めており、食料生産に伴う加工、流通等を含めた世界の食料システムの排出量は21~37%を占めることなどが報告されています。
また、地球環境戦略研究機関(IGES)によると、日本人の食事に伴うカーボンフットプリントは年間1400kgCO2eと試算され、肉類、穀類、乳製品の順でカーボンフットプリントが高くなっています。特に肉類は少ない消費量に対して、全体の約1/4を占めるほど高い温室効果ガス排出原単位となっています。これは、肉は、飼料の生産・輸送に伴うCO2排出に加え、家畜の消化器からのCH4発生等によるものです。
このような報告を踏まえ、今後我が国においても食と気候変動の関係について関心・理解を深める必要があるため、環境白書に食についてのカーボンフットプリントについても取り上げております。
(MFMAJ)「食についてのカーボンフットプリント」の説明が白書に掲載されるのは今回が初めてですが、なにか特別な理由なり背景があったのでしょうか。
(中井次官)社会を変えていくには人々のライフスタイルをイノベーションすることがカギとなります。生活は衣食住から成り立っており、食の部分も当然無視できません。また、「IPCC土地利用報告書」などでも、「食と気候変動」の関係が議論されていますので、そうした国際的な動きも背景の一つとしてありました。
(MFMAJ)ありがとうございます。それでは、次の質問に移りたいと思います。いま世界では欧米を中心にコロナ後の「グリーンリカバリー」論が抬頭しています。こうした中、7月、多くの団体・企業・店舗の賛同の下、当方MFMAJとグリーンピースジャパンの連名で、ベジ議連に対し「食を通じてのグリーンリカバリー要望書」を提出しました。これは一言で言うと、「日本でも、積極的にグリーンリカバリー政策を採用し、その際には、再エネや脱プラだけでなく、国連の各種レポートでも指摘している通り、環境負荷がより少ない菜食やレスミートの推進も取り入れてほしい」というものです。
再エネや脱プラなどは何年もかかるが、普段の食事に菜食を取り入れることはすぐできます。個人のCO2排出のうち食事分野が2~3割を占めていると言われている中、かつ、畜産が環境に与える負荷について10年以上も前から国連で指摘されてきたにもかかわらず、環境省はこれまで菜食について特に目立った政策をとってこなかったというのが正直な印象です。
環境省として、これについてどのようにお考えかも含め、「日本版グリーンリカバリー」をどのように進めていくお考えか、お聞かせください。
(中井次官)環境省は、ウイズコロナ・ポストコロナ時代において、コロナ前の経済社会に戻るのではなく、SDGsの達成を目指して、より持続可能で強靱な社会経済システムへの変革することが必要だと考えています。すなわち、「脱炭素社会への移行」、「循環経済・サーキュラーエコノミーへの移行」、「分散型社会への移行」という「3つの移行」により、持続可能で強靱な社会経済システムへの「リデザイン(再設計)」していくための取組が重要です。この3つの社会への移行を具現化するものが「地域循環共生圏」で、現在各地域で地域循環共生圏の取組を支援しております。このようなリデザインにあたっては、食を通じた温室効果ガス削減等の環境負荷削減や食の地産地消等による地域活性化は有効な取組であると考えております。
(MFMAJ)グリーンリカバリーという呼び方ではなく、「リデザイン」というフレーズを用いながら「食を通じた温室効果ガス削減等の環境負荷軽減は有効」ということですが、どういった名称であれ、今後、環境行政に菜食の要素を取り入れていくお考えはありますでしょうか。
例えば、ケータリングや懸賞品など政府調達における菜食の採用、ベジ対応等に対する各種助成金の交付、「グリーン事業」の定義への菜食関連項目の追加、菜食の要素も含めた「グリーンファンド」または「グリーンボンド」の創設、職員食堂におけるベジメニューの採用、環境省とベジ関連団体との協議体設置、イベントや展示会の開催、菜食の要素も含めた「新たなグリーンツーリズム」の普及などなど、できることは沢山あると思いますが、いかがでしょうか。
(中井次官)食に伴う温室効果ガス削減の取組は今後重要になってくると考えており、令和2年版環境白書において、食に係るカーボンフットプリントについて初めて明記したことで、国民の食と環境に関する意識を高めていくことに一定の貢献ができたのではないかと考えています。IGESでは、1.5℃ライフスタイルレポートにより「食」を含めたカーボンフットプリントの情報を示しつつ、自治体と連携した市民参加型のワークショップなどを通じて、1.5℃に向けたライフスタイルについて市民にも考えていただくとともに市民の意見を反映した将来シナリオをつくるような取り組みを進めていると聞いています。
また、ご提案については、皆さんの活動に加え、自然の摂理に沿ったライフスタイルとしてのオーガニックや、日本古来の発酵という要素も加えて食と環境という観点から、各団体や企業との対話の場を設けてもいいかもしれません。
次に、職員食堂へのベジメニューの採用に関し、環境省は厚生労働省との合同庁舎であり同省との調整が必要との制約があります。機会があれば、私から厚労次官に対しベジメニュー導入について話してみたいと思います。
いずれにしましても、皆さんの活動をお伺いしながら、環境省として取り組めることを考えていきます。
(MFMAJ)前向きなお言葉をありがとうございます。食に関する官民対話の場がぜひ早期に設置されるよう、早速調整させていただきたいと思います。また、職員食堂へのベジメニュー導入も早期に実現されることを期待しています。
他の項目についてもぜひ引き続きご検討いただければ幸いです。特に、公式行事や懇親会でのケータリングなどは業者に言えばすぐ対応できることだと思います。また、「新たなグリーンツーリズム」に関して言いますと、これまでの既存のグリーンツーリズムのような単に自然に触れたり学んだりするだけのものではなく、それプラス、環境にやさしい宿泊施設に泊まり、ヴィーガンなど環境にやさしい食事を食べ、環境にやさしい交通手段を使い、環境にやさしい取り組みを体験したり見学し、環境にやさしいお土産を買うなど、個人の旅行の楽しみが即、環境保護やカーボンフットプリントの削減につながるという包括的なものであるべきだと考えています。また、これにより各地の生産者の方々も元気になり、地方創生にもつながるのではないかと思いますし、環境意識の高い海外からのインバウンドも取り込めることが期待できます。ぜひ観光庁ともコラボしながら、この謂わば「ニュー・グリーンツーリズム」についてご検討いただければと思います。
(中井次官)そうですね。環境だけでなく、健康にも良いというイメージも加えられたら尚よいかもしれません。いずれにせよ、環境省としては、衣食住に関するありとあらゆることを行っていきたいと考えています。
(日本ヴィーガン協会)日本ヴィーガン協会代表の室谷と申します。今日はご多忙の中、お時間をいただきありがとうございます。私たちは、日本のヴィーガン環境を整えていくため協会を設立いたしました。具体的には、ヴィーガン認証発行団体として、また、日本のヴィーガンレストランの検索アプリでの情報発信、情報提供、商品開発やメニュー監修、コミュニティなど活動しております。本日は、いくつか質問をさせてただきたく思いますので、何卒よろしくお願いします。
まず最初の質問ですが、日本ヴィーガン協会は、学校給食で菜食を選ぶ選択肢を設けるということを目標のひとつに掲げています。菜食を増やす(肉食を減らす)ことで環境を守ることができる、気候変動の対策にもなるということで、教育の一環としてアプローチできる可能性はあるとお考えでしょうか。可能の場合、環境省としては、どのように教育の現場へアプローチできるかおうかがいしたいと思います。
(中井次官)環境省としては、ESD(持続可能な開発のための教育)の推進という観点から、子ども達の環境教育を推進しています。環境教育では、実体験に基づく「気づき」、自分で調べたり発表する過程で養うより深い「理解」、そして、自分にできることから取り組んでみる「実行」のサイクルを重視しています。このような中、食と環境についてどのような発信ができるか検討していきます。
(日本ヴィーガン協会)ありがとうございます。ぜひ前向きな御検討をお願いいたします。
次に、欧米ではビルゲイツ氏が共同創業者に加わったビヨンドミート(植物性タンパク)の株価が7倍になったり、インポッシブルバーガーなども人気になっています。背景にはSDGsにかかわる消費者意識の高まりがありvegan人口も増加しています。
将来予想されている「タンパク質クライシス」について環境省としてどのような対応を考えておられますか。
(注: ゲイツ氏はビヨンドミートの出資者で、共同創始者ではありません。)
(中井次官)国民の栄養に関する取組は環境省の直接の所管ではありませんが、大豆を活用した商品や味噌等の日本ならではの発酵食の推進など、地域の農業を活性化し、農山村の環境保全を図りながら、国民に必要な栄養素を含む食を供給することは、地域循環共生圏の取組として重要なことであり、このような地域循環共生圏の取組を応援していきます。
(日本ヴィーガン協会)環境省が実施する「グッドライフアワード」では”環境と社会”がキーワードになっていますが、私たち日本ヴィーガン協会としては『グッドライフアワード2015』で環境大臣賞優秀賞を受賞した『アニマルパスウェイ研究会』のように”動物との共生”も高く評価されているのはうれしいことです。このほか、2020年にホライズンファームズ株式会社が日本で初めて、母豚を身動きが出来ない檻「ストール」に閉じ込めないということを消費者に約束し、2020年にイオンはプライベートブランドのケージフリー(平飼い)卵の販売を開始しました。
工場畜産の環境改善について、環境省はどのようなお考えをお持ちですか。
(中井次官)環境省は、動物愛護管理行政を担当しており、動物愛護管理法に基づき、家畜の種類や習性に応じて、その快適性に配慮した飼養等に務めること等を「産業動物の飼養及び保管に関する基準」に定めています。令和元年の改正動物愛護管理法において、地方公共団体の畜産部局と公衆衛生部局との連携強化が盛り込まれたこと等も踏まえ、関係省庁と効果的に連携を図っていきます。
(Tokyo Vegan)本日はお時間をいただきありがとうございます。私たちは東京ヴィーガンの共同オーガナイザーです。東京ヴィーガンには、8,000人以上のヴィーガンまたはヴィーガンに関心のある内外の方々が参加しており、日本でのヴィーガン・コミュニティの発展と、世界のヴィーガン・ムーブメントとの橋渡しを目的として活動しています。本日は2つ質問をさせていただきます。
まず、日本はSDGsの世界ランキングで17位と低く、特に気候変動が課題の1つですが、日本で気候変動についての対策が諸外国よりも遅れているのはなぜだと思いますか。また、菜食が気候変動への最も有効な対策の1つであると言うことは国連のレポートやオックスフォード大学のレポート等でも指摘されていますが、日本ではあまり認知されていません。理由はなぜだと思いますか。
(中井次官)冒頭でも話がありましたが、先日、菅総理が所信表明において、2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言しました。なお、直近では、我が国は、2014年度以降5年連続で温室効果ガスの排出量を削減しており、2013年度比で約12%の削減を達成しています。
2013年を基準とした先進国での温室効果ガスの削減率をみると、英国に次いで我が国の削減率が高い状況であり、諸外国よりも対策が遅れているわけではありません。
菜食に対する認知度が低い状況ですが、IGESがとりまとめた1.5℃ライフスタイルレポートにおいて、食によるカーボンフットプリントについて取り上げ、令和2年版環境白書において、菜食を含めた低炭素型ライフスタイル選択肢によるカーボンフットプリントの削減効果を示すなどの発信を行っています。
(Tokyo Vegan)ありがとうございます。これまでの取組に感謝いたします。私たちも最近、世界各国でのプラントベースに関する取組についてレポートをまとめ、そこにはヴィーガン市場の拡大やその要因についても書き込みました。同レポートは、先般、ベジ議連事務局長の松原仁議員にも手交させていただきましたが、日本でも、さらなる気候変動対策の一環としてプラントベースフードへの投資や育成という世界的なトレンドに参画してほしいと願っています。
それでは、次の質問に移りたいと思います。工場畜産が環境に及ぼす影響について、今までに私たち以外(例えば市民グループや科学者や医師達など)で政府に要望や提言を行った団体はありますか。
(中井次官)工場畜産が環境に及ぼす影響について、確認した範囲では環境省に要望、提言を行った団体はありません。
(Tokyo Vegan)ありがとうございます。他の国々とは違うという点で参考になるとともに、当方として今後さらに検討が必要であると感じました。